東西医学の融合
病気ではなく病人を治す漢方医学
第57回日本東洋医学会学術総会会頭に聞く

現在、漢方薬に対する関心は高い。西洋医学を学んだ医師たちの中にも、漢方薬に注目し処方する人が増えてきている。日本東洋医学会の会員の8割以上が医師であり、その多くが漢方の専門医ではない。
しかし、明治時代以降、漢方には長い冬の時代があった。明治元年、漢方薬や鍼灸治療など伝統的な東洋医学に代えて、明治政府が西洋の医術を採用したために、医学体系、医学教育、医療制度の枠外に追いやられた。早い話が、医者になろうと思えば、東洋医学ではなくて西洋医学を学ばなければならない。
本文では、このような経過を簡単に紹介し、「東西医学の融合」を唱える大澤仲昭・第57回日本東洋医学会学術総会会頭に、2006年6月の同学会開催にあたって話を聞いた。
金融機関が発行している地域情報誌に、「テクノロジー最先端:メディカルテクノロジー」として連載しているものである。

東西医学の融合
病気ではなく病人を治す漢方医学――
「伝統の継承と新しい発展」を目指す

◎第57回日本東洋医学会学術総会会頭に聞く
大澤仲昭 藍野加齢医学研究所所長・藍野学院短期大学学長
       (大阪医科大学名誉教授)

漢方冬の時代から再評価の時代へ――
漢方医学が得意な領域で実証研究進む。

漢方薬に対するイメージやとらえ方は、人によって驚くほど違っている。ハトムギやドクダミなど健康によいお茶や民間薬と同類のもの、あるいはサプリメントのたぐいと思っている人もいれば、副作用が全くない安全な薬と考えている人もいる。

天然の生薬を組み合わせて処方される漢方薬は、厚生労働省の認可を受け、健康保険が適用されている「薬」である。西洋医学の薬品に比べて発生率は少なくても、副作用を伴うこともある。小柴胡湯による間質性肺炎の発生は、漢方薬の安全神話を崩壊させた。インターフェロンを使用している人、肝硬変や肝がんの治療中の場合は、小柴胡湯の使用は禁止されている。

私たちの「漢方薬観」が一人ひとり違うように、医師もそれぞれ漢方薬に対する異なった考え方を持っている。明治時代からずっと西洋医学中心の医学教育が行われてきたのだから、そうなるのは当然のことだ。

明治維新を境に、日本の医療は大きく変わった。明治元年、漢方薬と鍼灸治療に代表される伝統的な東洋医学に代えて、明治政府は西洋の医術を採用し、医学教育のために東京、大阪、長崎に官立の医学校を開設した。ドイツ医学中心の西洋医学が主流となり、明治二十八年の帝国議会で漢方医学存続法案が否決され、漢方では医師免許を得ることができないようになった。漢方にとっては冬の時代が始まった。

その背景には、世界の強国の仲間入りを果たそうとする明治政府の富国強兵策があった。明治二十九年に後藤新平は「衛生と資本」と題する講演で、「帝国の繁栄を希望し、将来の富強を計らんとするには、衛生を捨てて外にないのであります」と述べている。

一方、江戸時代後期には、多くの庶民が薬を飲むようになり、売薬が大量に出回り、薬づくりが産業化されるようになったといわれている。大坂の道修町や江戸の本町には、売薬を商う店と生薬を卸す薬種屋が軒を連ねて繁盛していた。明治以降、漢方医学が衰退の一途をたどるにつれて、漢方薬が一部の市販薬を除いて西洋医学の医薬品に替わっていった様子が想像される。

ところが、二十世紀後半になって再び漢方医学が普及するようになってきた。専門の漢方クリニック以外に、大学病院に漢方外来が設置され、一般の内科医が漢方治療を選択肢の一つに加えることも珍しくなくなった。疾患の中で漢方医学が得意な領域があることも認知されてきて、実証的な研究データも広範囲に蓄積されつつある。

漢方治療が有効な症状として、まず更年期障害など女性特有の症状が挙げられる。のぼせや冷え、頭痛、腰痛、めまい、動悸、イライラ、不眠などの不定愁訴に対して、うまく合えば一種類の漢方薬でいくつもの症状が解消する。

そのほか、慢性胃炎、過敏性腸症候群、食欲不振、気管支ぜんそく、高齢者の腰痛や膝痛などの症状、リウマチ、神経痛などにも効果が期待できる。さらに、高血圧や糖尿病などの生活習慣病、最近話題になることの多いメタボリックシンドロームに関しても、西洋医学と融合した漢方治療が有効だという。

エキス製剤化、保険診療で漢方が普及。
東西医学が補い合って優れた医療を!

第五十七回日本東洋医学会学術総会が六月二十三?二十五日、大阪市北区のグランキューブ大阪(大阪国際会議場)で開催される。「伝統の継承と新しい発展」をテーマに、多数の講演、シンポジウム、最新の研究発表などが予定されている。二十三日には、同学術総会主催の市民講座「漢方でいきいき美しく」も開かれる。

同学術総会の会頭を務める大澤仲昭氏は、日本の医療に漢方医療を定着させるために、西洋医学の臨床と基礎研究をベースに、漢方薬の西洋医学的評価の研究を推し進めて「東西医学の融合」を提唱している。大澤会頭に学術総会の趣旨や漢方医学の特徴、東西医学の融合などについて聞いた。

――再び東洋医学が注目されるようになり、多くの医師が漢方薬を処方するようになったのはなぜですか。

「漢方薬がエキス製剤化され、従来の煎じ薬に比べて扱いやすくなり、保険診療で使えるようになったことが大きいですね。また、抗生物質やワクチンなどの導入で、猛威を振るった結核などの感染症の対策が可能になる一方、神経やホルモンのバランスが崩れるために起こる病気が増えるなど、疾病構造の変化も背景にあります。サリドマイドなどの薬害が問題となり、副作用が一般に少ない漢方薬の良さが見直されたこと。病気の治療法は発展したものの、全人的医療の欠如が問題となってきたことなども挙げられます」

――今回の学術総会のテーマ「伝統の継承と新しい発展」は、どういうことを意味しているのですか。

「東洋医学は長い歴史を有し、独自の優れた医療体系を持っています。しかし、明治以降の日本の医療が西洋医学中心であったため、東洋医学の位置付けが明確でなく、現在の医療の中に定着していません。東西の医学が融合してお互いを補い合い、新しい医療体系が確立されれば、もっと優れた医療を患者さんに提供できるはずです。
日本東洋医学会は約八千八百人の会員がいますが、医師が八割以上を占めており、その多くが漢方の専門医ではありません。伝統の継承ということでは、今回の学術総会では基礎漢方講座を含む教育講演や伝統医学臨床セミナー、漢方の大家に学ぶセミナーなど、漢方の啓蒙から深く探求するところまで、幅広いプログラムを用意しました。また、先端医療から東洋医学の神髄に迫る招待講演や特別講演を通じて、二十一世紀の日本の医療に漢方を定着させようとしている趣旨を酌み取っていただければと思います」

――東西医学の融合を目指すためには、両医学の特徴や違いを踏まえた上での対応が必要になります。具体的に、診断・治療の方法はどのように異なるのですか。

「例えば、風邪の症状を訴えて受診した場合。西洋医学では、身体所見や検査などから感冒という病名を診断し、感冒の治療薬を投与します。すなわち、感冒という病気を治療する疾患治療なので、同じ薬を投与することになる。漢方治療では、がっしりして体力のある患者さんの場合(陽証)には葛根湯を用い、やせて体力のない患者さんの場合(陰証)には真武湯が有効であると診断する。すなわち、感冒という疾患を治療するのではなく、体質、症状などを考慮して、どの漢方薬が効く病人であるかという『証』を診断し、証に対応する漢方薬を用いる随証療法を行います。言い換えれば、西洋医学は病気を治すことで病人を治し、漢方医学は証に従って病人を治すということです」

メタボリックシンドロームにも対応。
世界の医療に東洋医学を定着させる。

――最近、脳卒中や心筋梗塞などの致命的な病気を引き起こす「メタボリックシンドローム」が話題になっています。その治療に漢方は有効なのかどうか、今回のシンポジウムのテーマの一つに挙げられていますね。

「メタボリックとは代謝の意味で、内臓脂肪症候群とも呼ばれています。昨年四月に日本内科学会、日本動脈硬化学会など八学会が、日本におけるメタボリックシンドロームの診断基準を発表しました。内臓脂肪蓄積を重視し、ウエスト周囲径が男性八十五センチ以上、女性九十センチ以上を必須項目としています。さらに、高脂血症、高血圧、高血糖の各基準のうち、二項目以上が該当するとメタボリックシンドロームと診断されます。各危険因子がそれぞれ軽度であっても、重なって存在すると危険度が高まることを重視している点が特徴です。
漢方ではカロリー制限などの食事療法はなく、『養生』が治療の基本になります。西洋医学では食欲を低下させる薬以外、この病態に適した有効薬が見当たりません。漢方薬では、肥満に有効とされる防風通聖散や防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)が内臓肥満を改善するという報告があります。シンポジウムでメタボリックシンドローム対策も取り上げて、西洋医学的なアプローチと漢方医学的なアプローチの有用性を比較検討しますが、その成果が期待されます」

――予防が重要視される現在、東洋医学の「未病」の考え方が見直されています。メタボリックシンドロームは未病と考えてよいのですか。

「中国最古の医学書『黄帝内経』に『上工(名医)は未病を治す』とあるように、医者は病気の一歩手前の状態まで診なければならなりません。自覚症状があって検査しても具体的な病名がつかないような場合、漢方の独壇場でしっかり対処することができます。また、メタボリックシンドロームのように、検査値が異常を示しながら自覚症状が表れていない場合も、未病ととらえて対応することが可能です。このように東洋医学と西洋医学を統合することで、新しい医療の道を開くことができるのです。
二十一世紀の東洋医学は国際化を図り、西洋医学の評価に堪えるものでなければなりません。今回の学術総会を機に、日本の医療、そして世界の医療の中に、東洋医学を定着させることに取り組んでいきたいと思います」

(取材・文責 眞並恭介)

<プロフィル>
大澤仲昭(おおさわ・なかあき)
1930年生まれ。55年、東京大学医学部卒業。東京大学医学部第三内科助教授、大阪医科大学第一内科教授を経て、99年、藍野加齢医学研究所所長に就任。藍野学院短期大学学長、大阪医科大学名誉教授、日本東洋医学会名誉会員。

――COLO 第4号(2006年7月発行)