大学のキャンパスで

「私はちがうのだ若い人よ」……石原吉郎の詩に寄せて
(2007年4月5日 掲載)

  春の大学のキャンパスは、新入生を迎えてひときわ明るい。
  私がライターの仕事をしている新聞社が大学の広報紙誌を制作していて、私も関西の国立、私立の大学7〜8校を担当しており、取材で出入りしている。研究成果を紹介するため教員に取材することが多いが、学生の話を聞くこともある。
  学生たちはさまざまな思いを語ってくれる。彼らの多くは夢の途上にあり、それぞれの目標に向かって進んでいる姿は美しい。その言葉は、理事長や学長にインタビューするときに聞く経営戦略や教育理念、教育目標などと違い、実現するとは限らないがゆえに輝く希望に包まれている。
  中には、すでに第一関門を突破して、目標に近づいている人たちもいる。難関の国家試験や資格試験に合格した学生、希望する企業に就職が決まった学生。スポーツの世界大会や日本選手権で実力を発揮している学生。ここ数年、プロ野球のドラフト1位の希望枠で入団が決まった学生や、オリンピック出場選手の話も聞いてきた。大学の顔の役目を果たすトップランナーになるまでには、並大抵でない努力を積んできたにちがいない。
  もちろん、華々しさとは無縁の、鬱屈した日々を過ごしている学生も多いだろう。目標を見定められず、未来が描けないことも、青春の特権かもしれない。しかし、「自分探し」が許される時代は、いつか終わる。私自身、30歳過ぎまで定職に就かず、ふらふらしていたから、自分の思いに比べて希薄な存在感や、やがて自分の居場所を定めなければならないという抑圧感は、昨日のことのように覚えている。
  大学のキャンパスを歩いていると、よく浮かんでくる詩がある。「キャンパスで」という石原吉郎の詩だ。

両側へ橋となることで
季節が平等になるときが
いちどはきまってあるものだ
植物ははんぶん植物で
空も半分だけ
たぶん空であるわけだ
季節にはちゃんとしたしつけがあって
外套を着せられたり
上着をぬがされたり
するわけだが このところ
ぶらさげた上着を
芝生へ忘れたりする
きみらは半分おとなであり
たぶん半分だけ未来であるだろう
半分だけ孤独で
おまけにまだ半分連帯であるわけだが
のこりの半分は
きみが責任を負うしかない
きみらがきみらである分を
季節はまにあわせてくれないのだ

  長いシベリア抑留体験を詩の底に沈めたような、重苦しい石原吉郎の詩が、今も読まれているのかどうか知らない。しかし、70年代に刊行されていた詩の雑誌で、特異な光と響きを放っていた。といっても、特に関心をもって読んだわけではない。1977(昭和52)年に62歳で亡くなっているが、私には何の印象もない。当時、私にはアルチュール・ランボオのほかに詩人はいなかった。
  私が彼の詩を読んだのは、死後10年近くたってからだ。30代の半ばの数年間、石原吉郎の詩しか読まなかった時期がある。読めなかったと言ってよい。仕事関係の文章以外は、目は字面を上滑りするばかり、意識は言葉をなぞるだけで、意味を結ばなかった。
  なぜ、そうなったのか。雑誌の編集の仕事をしていたが、広告営業も兼ねていて、それまであまり人に頭を下げるようなこともなく、ましてや罵倒されたり門前払いを食うようなこともなかったので、生活の変化がストレスになったのか。それもあるかもしれないが、あれは無為に過ごした長かった青春への訣別の時期だったのだと思う。
  そのころ、年の近い同僚が「ねえちゃんではなく、おばさんと呼ばれちゃった。すごいショック!」と言っていた。私のほうは「にいちゃん」から「おっさん」に変わっても、どうということはなかったが、本が読めなくなったのがつらかった。
  いや、違う。石原吉郎がいた。私が失語症にならずにすんだのは、石原吉郎の詩があったからではないだろうか。それ以外に、詩や宗教書など面倒くさい本を読まなくても、生きていけるようになったのはめでたいことなのだ。営業であれ何であれ、朝から晩まで仕事できることはありがたいことなのだ。今はそう思っている。

私はちがうのだ若い人よ
私はちがうのだ
私の断念において
私はちがうのだ断念への
私の自由において
堤防はそのままに
堤防であり
空はそのままに空であることが
私の断念のすべてだが
しかしちがうのだ
通過することが生きることの
はげしい保証である爪先は
わたしにはとどかないのだ
若い人よ

  「若い人よ」と題されたこの詩で、石原は「断念」によって、若い人への徹底した拒絶の姿勢をとる。
  恐らくこの詩の背景には、70年安保の学生運動で社会変革を迫りながら、通過儀礼のようにその場を去っていった若者の群像がある。通過する者を見送る「断念」の深さに、石原の詩がある。しかし、通過する以外に、どのような青春があるのだろうか。
  私は大学での取材を終えて、キャンパスから街に向かうとき、今もしばしば背後でつぶやく詩人の声を聞く。

哀愁は明らかな
一つの意志とならねばならぬ
たとえばしっかりと卓上へ置かれた
一個の林檎の哀愁のように
赤らみつつくっきりとえがかれた
意志的なその輪郭は
そのままに林檎の哀愁となろう
そのように人は街に立たねばならず
くっきりと歩み去らねばならないのだ