ミステリアスな「免疫」

多種多様な細胞がかかわる不可思議な謎を追う

(2008年3月15日 掲載)

味方が敵に変わる仁義なき戦い

医療の取材をしていて、分かりにくいけれども、どういうことかと注意を喚起させられる分野に「免疫」がある。一般の人を対象とするセミナーやシンポジウムで免疫の話が出てくると、この先生は医療のプロとして見渡しがたい世界をどのように説明するのか、その話の切り口や説明の方法に興味をかきたてられる。

さまざまな免疫細胞が力を合わせて、正義の味方が悪者をやっつけるように筋書きを描く方法がある。さしずめウイルスや細菌、がん細胞は悪者であり、図や漫画で示すならバイキンマンのようなイメージに描かれる。一方、免疫をつかさどるマクロファージやリンパ球の中のNK(ナチュラルキラー)細胞、T細胞、B細胞などはアンパンマンとその仲間たちの役割を担うことになるだろう。

ある医師は、がんの免疫療法を説明するのに、がん細胞をやっつけるために集結する樹状細胞を地球防衛軍の兵士のキャラクター風に登場させた。確かに分かりやすい。しかし、人体防衛軍の精鋭である免疫細胞の力を過信することはできないし、戦いの多くは敗北に終わっている。

それに、花粉症などのアレルギーや難病の自己免疫疾患などの例を挙げるまでもなく、免疫が関与する病気では、生命現象の一面をとらえて善玉、悪玉と一概に決められない。花粉はもともと悪者ではない。関節リウマチや全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患では、なんらかの理由で免疫細胞が勝手な行動を起こし、自分自身の正常な細胞や組織を攻撃してしまう。正義の味方がいつのまにか悪者になっているのだ。どうしてそうなったのか、そこでどういう裏取引が行われたのか、現代の医学は証明できていない。まだミステリーのゾーンが至るところに広がっている。

したがって、決定的な治療法がない。自己免疫疾患は、現在の西洋医学の進んだ医療技術をもってしても、完全に治すことは困難で、多くの疾患でステロイドと免疫抑制剤が用いられているが、副作用の問題がつきまとう。また、跳梁跋扈するがん細胞を制圧することも、もちろん難しい。

「はしかの事件簿」から免疫の謎を知る

たとえ発症のメカニズムが分かっていても、油断をすればたちまち痛い目に遭うことがある。その例が、昨年、全国的に流行したはしか(麻疹)だ。はしかは子どもの病気と思われていたから、発症者に大学生が多かったことが話題を呼んだ。

はしかの発症メカニズムは、今日ではミステリーではない。すでに謎解きは終わっている。はしかのワクチンを2回接種すると、ほぼ感染の心配はないとされ、流行は予防接種が1回だけで「免疫」が弱まった世代で起きたとされる。

はしかや風疹などの感染症は、一度かかったら通常、再び感染することはない。原因となるウイルスに対して、免疫ができているからだ。しかし、はしかの流行が少なくなって患者と接する機会も減った現在では、はしかに対する免疫力を高める必要がなくなっているので、大人になって発症すると症状が重くなりがちだという。

ウイルスが体内に侵入してくると、最初は対抗する抗体がないため、はしかにかかってしまう。しかし、二度かかることなく、ワクチンで発症を予防することができるのは、免疫記憶が働くからだ。免疫記憶は免疫を担当するB細胞の役目で、戦った相手の情報を保持したまま休んでいる状態。

私たちのからだの中にウイルスのような異物が侵入してくると、B細胞も貪食細胞のマクロファージと同じような働きをして、侵入者を捕まえ取り込んでしまう。その際にB細胞は、B細胞抗原受容体を介して抗原を認識するとともに取り込み、その断片を情報(抗原ペプチド)としてヘルパーT細胞に提示する。

ヘルパーT細胞は抗原を認識すると、情報伝達物質であるサイトカインを分泌し、それがB細胞を刺激して活性化する。B細胞は増殖しながら、抗体を大量に放出し、臨戦態勢に入る。B細胞が産生する抗体は、ウイルスや細菌などと、鍵と鍵穴のようにぴったりと一致して結合する。この特異的な結合によって抗原抗体反応が成立し、抗原である病原体はもはや生体の細胞と結合できず、増殖できなくなる。

さらに、B細胞の一部は抗原に対する情報をもって、次の感染に備える免疫記憶細胞となる。リンパ節の中に潜んでいて、同じ抗原が再び現れたとき、すぐに抗体を放出。抗体がウイルスに結合すると、ウイルスは細胞にくっつくことができず、感染させられない。つまり、再度ウイルスが侵入しても、ヘルパーT細胞を介さずに、休んでいたB細胞が起き上がって抗体を放出するので、二度目にはしかにかかることはない。

このメカニズムはもはやミステリーではない。あとは解かれた謎を生かせばいいのだ。すなわち「二度なし現象」を活用した予防法がワクチン療法である。弱毒化した病原微生物をワクチンとして接種することで、B細胞の一部が免疫記憶細胞となる。次に病原微生物が侵入してきても、素早く撃退してくれる。

今回のはしかの流行で、残念ながらはしかにかかってしまった学生や、急いでワクチン接種を受けた子どもたちは、免疫システムがしっかり守ってくれるから、次にはしかの流行があってもかかることはないだろう。

危害を加える犯人は味方の中にいた

免疫が大きく関与する疾患には、はしかのような感染症と異なり、免疫機構のミステリーが解明されつつある今日でも、まだ有効な解決策が見当たらないものもある。その代表がアレルギー疾患だ。

アレルギーとは、「変わった反応」という意味を表すギリシア語による造語。花粉やダニ、ほこり、特定の食品など、本来無害なものに対して過剰な免疫防御反応が起こることをいう。外敵を防御してくれるはずの免疫が、かえって私たちのからだに危害を与える反応に変わるところに特徴がある。

アレルギーを引き起こす抗原をアレルゲンと呼ぶ。やっかいなことに、過剰な防御反応は、花粉のように外から来た抗原に対して起きるとは限らない。自分自身のからだを構成する物質を抗原として、それに対する抗体をつくり、自分自身を攻撃してくる異常な防御反応を引き起こす。それが先に述べた自己免疫疾患である。

◆免疫の現場をおさえ、謎に迫る

からだに備わっている「免疫」は、非常に優れた自己防御システムである。細菌やウイルス、がん細胞などの攻撃に対して、多種類の免疫細胞が協力し合い、しかもそれぞれ多様な個性を発揮して働き、本来の健康を取り戻そうとする。身の回りに細菌やウイルスがいても、また体内で日々がんが発生していても、その魔の手にかかることなく健康を保てるのは免疫システムのおかげだ。

免疫細胞は私たちが寝ている間も休みなく体内を巡回警備し、敵と戦い、私たちを外敵やがん細胞から守ってくれている。免疫の舞台は、ある組織や臓器に限定されることはない。全身が免疫の現場になる。登場する多数の免疫細胞は個性豊かで、生まれつきの殺し屋(NK細胞)もいれば、頼りになる助っ人(ヘルパーT細胞)もいる。

免疫系はさまざまな細胞群から成り立っている。一般に免疫システムは、「自然免疫」と「獲得免疫」という二つの系統に分けられる。自然免疫は、もともと私たちに備わっているNK細胞、好中球、マクロファージなどの働きで、異物を直接攻撃し、撃退する。獲得免疫は、後天的にからだが獲得していく免疫で、対戦相手のデータを保持し、同じ相手(抗原)が再び侵入してきても、抗原抗体反応によってたちまち撃退してしまう。

これまで自然免疫系は非特異的に貪食する原始的防御システムと考えられてきたが、Toll様受容体(TLR)の発見、解析を通じて、自然免疫系が病原体を特異的に認識して対処し、さらに獲得免疫を誘導することが明らかになってきた。

近年、世界の生命科学研究の中で、免疫学だけは日本人がリードしてきた領域である。その研究の牽引者の一人が、審良(あきら)静男・大阪大学免疫学フロンティア研究センター教授。特に、自然免疫による病原体認識とシグナル伝達に関する研究で知られる。審良教授は2007年度日本学士院賞・恩賜賞を受賞。2004年11月以降2年間に、他の研究者から引用されることが多い論文を世界で最も数多く書いた免疫学研究者であり、すべての学問分野において2年連続(06、07年)で「最も注目される研究者」である(トムソンサイエンティフィックの発表)。

昨年の10月末、審良教授を取材する機会があった。その際、これまでの研究は、免疫応答の一場面を取り出して見ているスナップショットにすぎない、それは体の中で起こっていることを反映しているとは限らず、実際にはもっともっと複雑なことが行われているはずだという話が印象的だった。

10の11乗個の免疫細胞の全貌を追え!

審良教授らは、免疫学とイメージング(画像化)技術との融合により、体内の免疫細胞の動きや細胞間の情報伝達を直接目で見ることで、動的な免疫システムの全貌を明らかにすることを目指している。特定の細胞の反応だけを見るのではなく、免疫を担当する膨大な数の細胞が体全体を移動し、ダイナミックに細胞間の相互作用が行われているのをとらえる方法は可能なのか。

これまでの免疫学研究は、単離された免疫細胞を対象とする、限定された免疫応答の理解にとどまっており、免疫細胞が活性化したり抑制されたりするといっても、実はわずかな細胞の動きの一場面を見ているにすぎないという。

実際の体の中では、10の11乗という膨大な数の多種多様な細胞が免疫を担い、しかも体中を動き回っている。生体内における免疫細胞の挙動やダイナミックな細胞間相互作用を見る必要がある。今のMRIや解析システムは、その動きと変化についていけない。そのため、新しい生体イメージングシステムを開発し、体内での時空間的免疫応答を、その動的な免疫システムの全貌を明らかにしようとしている。

病原体やがんの認識からさまざまな反応が起こるまで、免疫システム全体を10の11乗個もの免疫細胞が相互作用する動的なネットワークとしてとらえ、その動きのシミュレーションができるようになれば、病気のシミュレーションから治療法への道が開けてくる可能性がある。あと10年すれば、今までの考え方とは違った免疫学に基づいた新しい診断・治療の方向が見えてくるだろうという。

私にとって免疫システムはミステリーであるが、審良教授にとっては前途はるかではあっても、謎を解きつつ進んでいく道は見えているようだ。