『すべての猫はセラピスト』
―猫はなぜ人を癒やせるのか―

『すべての猫はセラピスト』表紙

眞並恭介著
講談社
定価 1,404円(本体1,300円+税)
四六判 200ページ
C0095 ISBN978-4-06-220168-1

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■猫の「深い心」を探り、猫の癒やしの謎に迫る
講談社ノンフィクション賞受賞第一作

セラピーキャットのヒメ
セラピーキャットのヒメ

白猫のヒメは、日本では珍しい「セラピーキャット」。生まれたときからセラピードッグと一緒に生活し、アニマルセラピーの場に同行してきた。犬のようには訓練できない動物である猫は、どのようにして人を癒やすことができるのか?

ヒメを抱いているのは、それぞれ統合失調症、認知症、知的障害などを抱えて生きねばならない、苦しい状況にある人たちだ。ヒメはおそらく、自分を抱きとめている人たちが苦境にあることを感じとっている。それは訓練された忍耐強さではなく、「心」からの寄り添いに思える。だが、動物の、猫の「心」とはどのようなものなのか?

原発事故後、人が住めなくなった被災地で猫たちがどんな思いで生き延び、死んでいったのか。そして、地球上に人間が築いた街や家にいま棲んでいる猫たちが、日々何を感じ、何を思って生きているのか。猫ブームといわれていながら、猫の「心」は未知の領域にある。本書は猫の「心」を探る旅の記録である。

セラピーは挨拶するところから始まる
セラピーは挨拶するところから始まる

アニマルセラピーに参加する猫にかぎらず、すべての猫はセラピストだ。
猫は人間のセラピストのように悩める人の話を傾聴し、言葉で支援できるわけではないが、人のそばにいて共に感じ、共に悲しんでくれるように思える。医師なら薬で、カウンセラーなら言葉で癒やすであろうが、猫の癒やしは抱くともなく抱かれ、うちひしがれている人にひたすら寄り添っているだけ。猫はただ、あるがまま、ここにいるだけでよいと、自分に代わって肯定してくれる存在だ。(第7章より)

■目 次

第1章  原発事故後の猫たち
 原発事故後に警戒区域に取り残され、シェルターに保護された猫たちは――。
第2章  セラピーアニマルとしての猫
 犬のように訓練することのできない猫には、どのようなセラピーが可能か?
第3章  認知症の人たちのセラピー
 小さいころからセラピーキャットとして育てられてきた白猫の「ヒメ」。寝たきりの人もいる介護療養病棟で、ヒメとの触れあいは認知症の人たちに何をもたらしたか?
第4章  障害のある人たちのセラピー
 自閉症や知的障害、身体的障害などがある人たちの胸に、ヒメは飛び込んでいく。毛並みの向きと反対方向に撫でられたり、荒っぽく体をつかまれたりしても、ヒメは怒らない。障害をもつ人と健常者を、ヒメは判別しているようだ。
第5章  精神疾患の人たちのセラピー
 精神科病院の入院患者とヒメとの交流、交歓。動物には薬とは別の治癒力がある。
第6章  猫はなぜ人を癒やせるのか
 人と猫のふれあいを取材し、著者自身の体験と思索を重ね、「猫はなぜ人を癒やせるのか」という問いに答える。人が複雑な心をもっているように、野性を秘めた猫も深い心をもっている。
第7章  すべての猫はセラピストだ
 飼い猫と同居できる老人ホーム。病院のベッドで死にゆく子どもに寄り添うヒメ。天性のセラピストである猫と人間の間に共通言語はないが、心のふれあいは可能だ。