言葉が話せなくなったら

言葉のリハビリ訓練、意思伝達の方法を紹介
(2007年2月3日 掲載)

コミュニケーション手段は言葉だけではない。口ほどにものを言うのは、目であったり、手のひらの温かさ、表情、身振りや動作、絵であったり、音楽であったりする。それでも、意思を伝えるのに言葉ほど便利なものはない。

発音・発声機能の障害のために自由に話せなくなることは、脳卒中ではしばしば起きる。パーキンソン病、脊髄小脳変性症、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経難病の場合は、必ず障害を伴い進行する。そこで、言葉のリハビリや意思伝達のサポートが必要になる。

『脳卒中・神経難病による発音・発声の障害―ST・家族・医療福祉専門職のためのディスアースリア・ガイドブック―』の編著者らは、ST(言語聴覚士)として医療現場でリハビリ訓練に携わっている。

臨床経験から得られた新しい方法……呼吸訓練、発音・発声を促す体操、自律訓練法、音楽療法、音読・読経、指圧療法などを実践している玉井直子さんは、次のように述べている。

「入院・通院する病院にST(言語聴覚士)がいれば、直接訓練・指導を受けられますが、STに訓練・指導を受けられない場合、家族やST以外の医療福祉専門職の方が、この本を参考にしてリハビリの支援をすることができると思います。例えば、発音・発声をしやすくするための体操やストレッチを、図でわかりやすく解説しています。話すためには、一定以上の呼吸の力が必要ですが、歌ったり読経したりしても呼吸の力を伸ばすことができます。本などの音読を繰り返すことが発音の練習にもなります」

私のように音痴でカラオケ嫌い、下手な歌は歌いたくないし聞きたくないという偏狭な人間でも、言葉のリハビリをしなければならなくなったとき、これならやれそうだ。車の中で毎日聞いている朗読CDの中から気に入ったものを選び、少しでもそれに近づけるように頑張るだろう。

コミュニケーション手段を求めて

私は十数年前、ボランティアとして意思伝達装置の開発にかかわったことがある。ICUで人工呼吸器やさまざまなチューブにつながれて話せず動けない人の意思伝達の手段として、ゲーム機を利用し、絵と短い文字でコミュニケーションをとることを考えた。

当時、大阪警察病院の医師を中心に、臨床検査技師や看護師などの医療職、コンピュータのハードとソフトの開発者、一般のボランティアなどが参加し、試行錯誤しながら意思伝達装置を作った。

私は、必要な語彙の選択や分類、絵と言葉を合わせた表現を主に手伝った。この活動が縁で、日本ALS協会近畿ブロックの人たち、そして患者さんたちを知ることになった。

まだコンピュータが高価で使いづらい時代だった。そこで、ゲーム機に着目した。ゲーム機メーカーの理解も得られて開発を進めたが、コンピュータの進化と普及は目覚ましく、ハードとソフトが一体となったゲーム機ベースのものは、やがて出番がなくなった。

今は、さまざまなコミュニケーション機器が開発されている。本書では第6章で木村康子さんが、視線やわずかな身体の動きをセンサでとらえてパソコンを操作する方法をわかりやすく解説し、入手方法や相談窓口なども紹介している。

言葉をうまく使えなくなること、言葉によるコミュニケーションから疎外されることは、この社会の中で、人間として生きていくのに非常に大きな障害になる。本書では、生きることの質(QOL)にかかわるコミュニケーション支援に言及し、闘病に役立つ情報を提供している。

「伝えられる言葉や補助代替手段の確保はもちろん大切ですが、大きな言葉の障害を背負ってしまった方の人生の在り方について、周囲の方たちが一緒に考えることも同じように大切であることを伝えたいと思い、多くのページをさいてあります。この本が、発音・発声の障害を専門家だけにまかせるのではなく、家族や周囲の医療福祉専門職の方々にも、共に考えるきっかけになることを期待しています」と玉井さんは述べている。

医療専門職としてのST(言語聴覚士)

自画像ST(言語聴覚士)は、話すこと、聞くこと、食べること(嚥下)という、人間が生きていく上で欠くことのできない大切な行為を支援する専門職だが、その仕事の内容はあまり知られていない。看護師、理学・作業療法士、臨床工学技士などの診療補助職が法律で「医師の指示の下に」と規定されているのに対して、STは嚥下訓練や人工内耳の調整などを除き、その文言が入っていない専門職だ。医師を中心とするヒエラルキーの医療は、患者や家族にとっては幸せなことではない。

編著者の玉井さんは京都大学教育学部(心理学専攻)、木村さんは京都大学文学部(言語学専攻)の出身。それぞれ国立の養成所や大学院でSTに関することを学ばれた。
本書の付録資料として、言語聴覚士の歴史や法律について、諸外国や他の医療専門職と比較しながら解説している。

表紙カバーには、ALS患者の高田俊昭さん(画文集『無限充足』の著者)と山下貴子さんがパソコンで描かれた絵を提供してくださった。