医食同源の文化誌

真珠と薬用人参

 ワイシャツのボタンも真珠も、もともとは貝殻だが両者の価値観には大きな開きがある。宝石の女王の真珠が、真珠貝の中で1人前の玉になるには7年かかる。玉になる核を貝に植えつけるには、成長のよい4歳の若い貝にそっと入れる。核を押しこまれた貝こそ迷惑な話でほうりだしたくても手が出せないから、泣く泣く腹の中の異物をつつみこもうと、3年かけてホウロウ質の厚い層に仕上げる。
 ホウロウ質の化粧をまとった真珠のかがやきは、光の複雑な屈折反射で人の心を魅惑する。その色あいはうっすらとあわい紅色、青や黄金色に薄化粧して、色白美人の肌のように、一つひとつが個性の色をもって光りかがやく。息をのむようなそのかがやきも不動のものではない。
 貝の中の玉は7年をこえると黄色がしだいに濃くなってきてかがやきが鈍りだす。真珠のかがやきと色が最高になるのは7年目が旬となる。真珠にも青春があるわけだ。ほおー、真珠にも青春があるのかとつぶやくと、
「そのとおり、青春があるんです」
 と宝石商の主人が目をかがやかせた。真珠は石ではなかった。青春をもつ真珠の玉は、生きる脈動をもっていたのだ。
 7年で花を咲かせる生き物のスターで、真珠に負けていないスターがもう1人いた。それは朝鮮人参だ。人参の7年間の生いたちも真珠とよく似た経験をつむ。畑にまかれた人参の種は7年の間すくすくと単純に成長するのではない。3年目には若苗を畑から掘りだして新しい畑へ移植すると、そこで4年かけてよく太り、薬効成分もたっぷり蓄積された一人前の人参になる。
 人の裸身をおもわせるあの人参の姿は、5年目から手や足も成長して人の姿にできあがるが、薬効成分の含有量はまだ不足で、それが最高量になるにはさらにあと2年かかる。栽培効率がよいとみられる7年目にやっと掘りだされる。天然にはえる人参には10年、20年それ以上の老成したのもあるが、薬効成分のサポニン量は増えない。それでも天然の人参の価値は栽培品の10倍以上も高い。
 真珠はどうだろう、7年をこして青春のかがやきを失ったらもうおしまいかとおもったら、そうではなかった。器量をなくした真珠たちは、粉にされて貴重な秘薬につかわれる。中枢神経を昂進し、ストレス解消、新陳代謝促進、皮膚美化の効能をもつ中国の妙薬として、真珠の粉は今も愛用されている。
 写真は畑から掘りだされた3年の苗の姿。成長がよいから立派に結実している。3年生の苗は身体検査を受けて検査に通ったものが、新しい畑へていねいに移植される。写真の苗は優等生でオタネニンジンの名のとおり赤い実をたくさん実らせている。茎と根が曲がってついているのは、移植のとき作業がしやすいためにわざと曲げられている。けっして奇形児でないことを優等生の名誉にかけて助言しておこう。手足はまだ出ていないがこれから2年もたつうちに、ぐんとのびて人の裸身に似てくる。姿は一人前になってもサポニン含有量はまだまだ少ない。中身がしっかりとつまるのには、それからさらに2年がいる。
 人参の一生は若苗が成長し、太った根の中身が充実するまで7年の月日がいる。これはどこか人生と似かよっている気がしてきた。青春をおえたあとの真珠でも、身を粉にして役に立っている。われわれも、ワイシャツの袖から欠けおちた貝ボタンのような人生におわるのはごめんこうむろう。